tobi

 


 

さっきからケーキの焼ける匂いや、肉の焼ける香ばしい煙が、二階にあるトーマの部屋まで漂ってくる。
今日は特別な日だから、テーブルに並ぶのは好きなおかずばかりだ。それを思うと、いつもよりお腹がすいてくるような気がする。
そわそわした気持ちは今日よりずっと前から続いていた。
昨日より大人になれる日が一年に一回というのは、気の遠くなるような長さに思えたけど、迎えてしまえば去年の誕生日からあっという間にも感じるから不思議だ。
指折り数えては、ふとした瞬間に思い出してワクワク感を楽しむ。手のひらに握りしめた宝物みたいに。
そんな気分とも今夜でお別れかと思うと、寂しい。
あと何時間かばかり残された特別な時を、大事にしなければいけないと思いながら時計を見た。
去年の誕生日にもらった機関車の形をした目覚まし時計。短い方の針が7の所を過ぎている。

夕ご飯はまだかな、そう思ったのと同時に、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。
お母さんがパタパタとドアまで走る音、その後、誰かと話している声が聴こえる。父さんが帰ってきたのかと思ったが違うらしい。
少しよそゆきの声で応対しているから、もしかしたらお客さんが来たのかも知れないと思った。

「トーマー!!、下りてらっしゃ~い」
下の階から、お母さんが自分を呼んでいる。
自分には関係ないと思っていたので、弾かれるように顔を上げた。
今、自分は新しいおもちゃに夢中なところなのに。水を差されたようで、ちょっとだけ面倒に思う。
手元には今朝、両親からもらったばかりの車の模型、それはトーマがずっと欲しかったもので、普段ねだっても買っては貰えないような、少しばかり高価なものだった。
億劫に腰を上げながらも、階段を下りて玄関に向かうと、そこには近所に住む家の子と、その母親がいた。

トーマより一つ下の女の子だ。同じ幼稚園に通っているのもあり毎日のように会っている。
ちょっと泣き虫で放っとけない女の子。
一年くらい前に引っ越してきて、トーマの家に挨拶に来た日から家ぐるみで近所付き合いをしている。特に母親同士は気が合うらしく一回立ち話が始まるとしばらく止まらない。その間、トーマは彼女と仲良く遊んであげていた。
幼稚園でも何かと構ってやっている事が多いが、別に義務感でそうしているのではない。なぜかはわからないけれど、彼女のことが気になるのだ。
いつからか視界の中に姿を捜してしまう癖までついてしまった。
近所には、もう一人シンという男の子もいて、気がつけば毎日のように三人で遊んでいる。
鬼ごっこでも隠れんぼでも、おままごとでも、二人より三人の方がずっと楽しい。
決まった誰かが誘う訳じゃなくても、自然と三人はいつも一緒にいるようになった。本当の兄弟ではないけれど、二人ともトーマをよく慕ってきて、お兄ちゃんになった気分は悪くなかった。

 

「どうしたの…?」
トーマは一応、こんばんはと礼儀正しく挨拶した後に、目の前で自分をじっと見つめる小さな女の子に尋ねる。
もう夕ご飯の時間だ。こんな遅くに訪ねてくるなんて珍しい。しかも今日も朝から夕方まで幼稚園で一緒だったじゃないか、と不思議に思った。

「この子、トーマくんのお誕生日だからどうしても来たいって。ごめんなさいね、忙しい夕飯時に」
申し訳なさそうな口調に、トーマの母は大げさな身振りで応える。
「いいのよ~!ね、トーマ。わざわざ来てくれたんだって、良かったわね」
「あ、うん…」
いきなり和気あいあいとしたムードに放り込まれて、とっさの反応が出来なかったのだけど。
思い出した。朝、一番にシンとあいつに自慢したんだった。今日が誕生日って事。
「 すごいね!」と尊敬の眼差しで見つめられて、トーマは少しだけ得意げになってみせたのだ。


「トーマおにいちゃん、おたんじょうびおめでとう!あ、あの…これ、…あげる」

少しもじもじしながら、一歩を踏み出しつつ彼女が袋を差し出す。
黄色いリボンがかけられたそれは、どこかで買ってきたというより、明らかに手作りの雰囲気だった。
彼女がおこずかいを貰っている様子はなかったから、きっと新しいものを買ってプレゼントをする、という発想は無かったのだろう、とトーマは察した。
けれど、誕生日というものが大切な日で、おめでたい事だというのは幼い彼女でも知っている。
朝はきっと何もあげられるような物を持ってなかったから、家に帰った後、わざわざプレゼントを渡しに来たのだ。

「あら、トーマ、何貰ったの?」
お母さんがにこにこしながら聞いてきたから、この場で開けてみせた方がいいのかと思い、皆が見ている前で包みをほどく。
袋に手を突っ込むと小さくて硬いものが指に触れた。なんだろう?触っただけじゃわからない。
色んな想像をしながらも、思い切って掴み、取り出したそれには、どこか見覚えがあるものだった。

 

—これは、あいつがいつも持ってるおもちゃの宝石だ。しかも、一番お気に入りのやつじゃないか。

トーマは大きく瞬きをすると、手のひらに乗った、きらきら光る石と彼女の顔を交互に見やる。

「だって、これ……」
言いたいことは沢山あるが言葉にならない。
どうして?という気持ちで見つめるとトーマの言いたい事がわかったのか、首をぶんぶんと振ってニッコリと笑い返される。
お下げに結った髪が面白いように振り回される様子を、トーマはどこかぼぉっとしながら見ていた。

「いいの。トーマおにいちゃんにあげる。」
心残りは微塵もなさそうな笑顔を向けられて、どくりと心臓が鳴った、ような気がした。
でも素直に喜ぶというより、戸惑いの方が勝っていて何と返したらいいのかわからない。
「良かったわねぇ、トーマ」と肩を押しつつ、案に「お礼をいいなさい」と促すお母さんの声を頭のすみっこで聞きながら、トーマは睫を伏せた。

 

—あいつは自分の持っている物の中から、きっと一番大事なものをくれたんだ。

その事実がじわじわと染み渡ってゆけば、照れくさい以上に、嬉しいという気持ちで胸がいっぱいになって、なんだかつっかえたように言葉が出ない。
両親に欲しかった模型をもらった時とは全然違う嬉しさだった。
トーマが黙っていたので、彼女も不安になってしまったのか、スカートの裾をぎゅっと掴み、息を詰めながらこちらを見ている。

「あり…がとう」
やっとの思いでそう言うと、手のひらに乗ったその石を握りしめた。
それは想いの種の様で、そこから何か新しい感情が芽生えるような、そんな予感がした。

「…うん、また明日も遊んでね、トーマおにいちゃん!」
ほっぺを赤く染めながらはにかまれて、こっちまで顔が熱くなる。

「…また、明日」
二人とも、大きくうなずきながら、笑った。


—自分も同じように、大事なものをあいつにあげられるだろうか。


芽生えたばかりのキラキラときらめくような想いは、トーマの心を照らし、揺らすのだった。

 

2013.4.12 HAPPYBIRTHDAY TOMA!!