Final Distance

 

 

 

窓の外から広がる見慣れたキャンパスの風景に、
彼女の姿を見つけて、声を掛ける。
俺を見上げてパッと明るく笑顔になったのが離れていても判って、こちらも思わず苦笑してしまう。

4月に入って校内は新入生とそれを迎える在校生のサークル勧誘、満開の桜並木…と1年で一番騒がしい季節を迎えていた。
彼女は春から俺と同じ大学に通い始めている。
去年は自分も大学での生活に忙しかったし、彼女も受験生だったから、お互いに行動範囲が被るのは久々の事だ。

 

 

散り始めた桜を眺めながら、俺の思考はどこか遠くを彷徨っている。

 

 

ひとひら、ひとひら、
桜の花びらが降り積もるように、
ゆっくり積み上げられた想い。

それはやがて、俺自身に重く、 重くのしかかり
真綿を絞めるような苦しみを与える。

このまま独り、溺れてしまうのか…

いくら人知れず想いを積み上げたところで、
強い風が吹けばほんの一瞬で桜吹雪のように舞い上がるだけ。
後には何も残さず………

俺は…
彼女の事が好きだ。彼女の幸せを願っている。

いや、出来る事なら…
自分の手で幸せにしたい。

こんな想いなど、無かった事に出来たら。
一瞬そんな事を思っては打ち消す。

この想いは、すでに俺の一部なのだ。

それでも。
彼女を失うリスクを冒すより、
気持ちを圧し殺す方がどれだけ賢い選択かは
解りすぎる程に解っている。

 

「トーマは…私の事、好き?」

こんな問いは、俺たちの間では幼い頃から繰り返されている色気のないやり取りの一つだ。

意識なんて、する筈ない。
なのに最近は、こんな時だけ瞳の色が読めない。
昔は彼女の事ならなんでもお見通しだったのに。

試されているのだろうか。
例えば、神様とやらに。

「はいはい…、好きだよ。…ったく…、もう大学生になるのに、こんな甘えん坊じゃ困るぞ?」

頭を掻きながら笑い飛ばすと、少しだけ彼女の笑顔が歪んだような気がした。
この答えは正解じゃないのか?

淡い期待がよぎる。

それでも。
どこか茶化さないと愛を伝えられない…
俺は期待が報われる事に慣れていないのだ。

 

『トーマ!!』

振り向くと、そこには彼女がいた。

『外からじゃ、どの教室か分かんなかったよー
まだ校内の配置覚えられなくって・・・』

俺を見つけてから走って来たのだろうか、
微かに上気した様子で駆け寄ってくる彼女を見ていたら
色んな想いが溢れそうになって、
ぐっとそれを押し戻した。

『ト…ーマ…?』
俺の表情が切羽詰まってたんだろう、
彼女の瞳に不安の色が浮かんでいる。

 

『なんでもないよ、…それより…お前髪に何か付いてるぞ?
……ほら、桜の花びら。』


『あっ…ありがとう』
照れたような、焦ったような顔。
無防備な表情に、また心が揺れる。

この先、こんな顔を自分の知らない“誰か”に見せるようになるのだろうか。
このまま、俺が何もしなければそうなるんだろう。


一歩踏み出せば、彼女に触れて
キス出来る距離にいるのに。

俺は。

この胸の痛みと
踏み出せずにいる最後の距離をそっと秤に掛けながら

なんでもない顔で
微笑むんだ。

 

                                            update/2012421

 

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<後書き>