冷たいキス

 

ー数えきれないくらい、お前にキスしてるんだけど。

 

そう言った時、一瞬だけ彼女の目が見開かれて、
俺は自分の予測が甘かったと思い知らされた。


彼女の瞳を横切るのは、戸惑い、恐れ、不安、
どれをとっても俺が彼女にとってただの”知らない男”だと映っているのは明白だった。

 

少し埃っぽい、だけど夕暮れの光が差し込むこの場所は、
俺にとっても彼女にとっても特別な場所のはずで
それは、ずっと永遠に二人だけのものだと、思っていたのに。


俺の目の前にいる”彼女”は姿形こそ、俺の知っているそのままではあったが
何かがズレていた。
それは、記憶喪失という事実がもたらしている違和感。
退院してからの彼女は、俺との思い出どころか、積み上げて来た何もかもを失っているようだった。

そしてその記憶喪失の引き金になった事故は、俺が原因なのだ。
そんな話、現実だったとしても信じたくなかった。

 

彼女に初めてキスしたこの場所で、祈るようにもう一度、
その唇に触れる。

 

だけど。

俺に与えられたのは、

冷たい、キス。


俺の知ってる感触のようで、そうじゃない。
彼女の唇は、どこか生気がなくて、
俺は急に虚しくなった。

それと同時に悔しさがこみ上げる。

記憶の無い彼女にいくらキスした所で、それは俺の勝手な愛情を
押し付けているだけで。
ただ困らせて、混乱させるだけだ。


もうしない、と言った俺に彼女は
”嫌じゃなかった”と洩らした。

 

今すぐ抱きしめたい気持ちを
彼女をこれ以上困らせたくないという自制が
押し戻す。

だけど、どこかで俺を忘れていないという希望の光が見えた気がして
救われた気持ちになったのは確かだった。

 

焦っても仕方ない。
もう一度、本当の彼女にキスが出来るなら、俺はどんな事でもする。

 

だからー
彼女の記憶は俺の手で取り戻さなければ。

俺は強く心に決めた。

 

                                            update/2012419

 

 

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<後書き>このシーンについてはプレイ中から「書きたい!」と思ってたので書き上げられて嬉しいです。