それは、唐突に、
いま、目の前で起きている出来事。
『シン先輩っ…!!あのっ……』
シンと同じ学校の制服を着た女の子が何かを手渡している。
手渡すというよりも押し付けるような勢いで渡されたそれを
シンは黙って受け取り、何かを口にしたが、
声が小さくて言葉の内容までは届いてこない。
女の子は小さく頷き、一歩後ずさる。
シンがこちらを向くような気がして、
私は身を隠すように、曲がり角へと引き返した。
別に見てはいけないものを見た訳ではない。
なのにこんなに心臓がバクバクと波打っているのは何故だろう。
受験生であるシンの予備校がない今日は、何日か前から会う事を約束していた日だった。
普段はシンの方が大学へと迎えに来る事の方が多いが、
予期せず休講で時間の余裕も出来たので、
自分が向かった方が早く会えるし、その分長く一緒に居られる。
そんな経緯で、シンの通う学校まで来たのだ。
こんなシーンに遭遇するとは夢にも思わず。
どれくらい時間が経っただろう。
1分か…5分か…
フリーズしたように動けないまま、
ただ、心臓の音だけが鳴り響いていた。
「…い!…おい!」
振り返るとシンが立っている。
「おまえ、なんでこんな変な所で待ってんの。門の所でって自分から言ったんだろ」
言いながらスタスタと歩き出すので、慌ててついて行く。
「で、いつから待ってた訳?今着いたのか?」
反射的に頷くが、それは嘘だ。
チクリと痛む胸をおさえつつ、シンの隣へと一歩進んだ。
「あのさぁ…さっきからおまえ何なの?…上の空にも程があるんだけど。」
立ち寄った喫茶店で向かい合うように座っているシンが、訝しげにこちらを見つめている。
『あ…。』
我に返ってしまった時点で、さっきから話を聞いていなかったという事を
取り繕うのは無理だった。
はぁ、と溜め息をつきながら。
「おまえ、前も言ったけど、隠し事が下手すぎるんだよ…バァカ。」
苛立ちを滲ませるシンの視線に、
何も言い返せなくて、
私はアイスティーの中の氷をストローで
くるくると回しながら俯く。
「もしかして…さっきの、見てたのか?…おまえ、昼に電話で話した時は普通だったし、
それしか考えられないんだけど。」
さっきの、とは校門の前での出来事に他ならないだろう。
『…ごめんね、見るつもり、無かったんだけど。ちょうど着いた時だったから…』
ズバリ当てられた事に、私は少なからず安堵していた。
やっぱり、たとえ小さくても隠し事は心に余る。
「…バカ、何謝ってんだよ。謝る事じゃないだろ。それに…あれは返したから。」
『えっ…』
思わず顔を上げる。
「おまえ、見てたんじゃないのかよ、あれうちの学校の後輩。
…受験、頑張って下さいって、お守りと手紙渡された。」
『そう、だったんだ…。でも…』
何で受け取らなかったんだろう。
私の顔に浮かぶ疑問を読み取ったかのような、
呆れた表情。
「何で返したか、って。おまえオレにそれ言わせたいわけ?」
回りくどい言い方に、私は思わずシンの目をまっすぐ見つめてしまう。
『……』
「おい、無言で要求通そうとすんな。」
『だって…せっかくの好意なのに…』
「あっそ。おまえはオレが他のヤツから貰ったもの身に付けてても、何も思わないのかよ」
『っ…、』
それは…
嫌、だよ?
だけど…
『嫌って、言っていいのかな…』
それは私が要求できる事なんだろうか。
今度こそシンは盛大に溜め息をついた。
「おまえって、本当お人好しっつーかなんて言うか、本当、バカ。」
さっきから、何回バカって言われてるだろうか。
少しだけムっとした私を遮るように続ける。
「焼きもち、焼いていいんだよ。…てか、焼けよ。変なトコ遠慮するなっつの。」
照れ隠しのように紅茶にシロップを注ぎ足すシンに、私は頷く。
こうゆうの、束縛っていうのかもしれないけど…
なんだか嬉しくて、
「シンも…焼きもち、焼いてくれるの?」
何気なく口にしてしまった台詞に
シンの目が一瞬見開かれてから、ゆっくり細められた。
「そんなの、…言わねえよ。」
語尾に、”バカ”がついてた気がして、
私はむくれて見せた。
『意地悪…。』
そして私も、心の中で”大好き”とつけ加えてみせたのは、
…内緒だ。
update/2012426
<後書き>このあとシンは入れ過ぎたシロップの甘さに悶えるといいと思います^^