何も失わずに
届けば良いのに。

何も失わずに
掴めたら良いのに。

件名に本文を。


こんなに小さな、手のひらサイズの機械に、
彼と繋がる為のツールが詰め込まれているなんて、
技術というものは本当に偉大だと思う。

指先を操るだけで、大好きな人の声を聴く事ができるなんて。

だけど、私は握りしめたそれを開く事も出来ずに、静かにテーブルの上に戻すのだ。


さっきからずっと、こんな動作を繰り返している私。
なんて、意気地なしで、
なんて…、不格好。

誰に見られている訳じゃないけど、自分の行動が情けなくて。
壁に背中を預けながら、本日何回目かの溜め息を吐き出す。

トーマ…
『あいたいよ…』

声に出しても届く事はないのに。
出てくるのは、そんな言葉ばかり。

 

自分の部屋に居るというのに、
全く落ち着かない理由はわかっている。
何をしていても意識は、
この”携帯電話”、という便利すぎる文明の利器に注がれてしまうのだ。

こんな無機質なものを介して、繋がっている、なんて錯覚をさせるなんて。
恩恵を受けているのは確かだけど、時々恨めしかったりもする。

”繋がっているのではなく、縛られているみたいね。”

そんな恨み節を含んだ視線に反応したかのよう、
キラリとパネルの片隅が光ったような気がして、すかさず手を伸ばしたけれど。

『…気の、せい…かぁ。』
ディスプレイには着信や新着メールを知らせるアイコンは無く、
ただ非生産的な時間が無駄に流れている事を、私に教えただけだった。

自分がやけに落胆している事に気付く。

私は何を期待しているんだろう…。
虚しさともどかしさに苛立ちを覚えて、携帯を放り投げたくなっても、
やり場のない想いの的は見つからない。

彷徨う腕は、勢いを落として冷たいフローリングに着地する。


そんな、絶妙なタイミングだった。
『…!!』
手が離れたか否か、見計らったかのように震えたそれに、
止まっていた部屋の中の空気が、急に流れ出したような気がした。

細かな振動が、心臓に伝わってリンクするようで。
思わず驚いて取り落としそうになる。
慌ててキャッチして、ディスプレイの表示を確認した。

それと同時に、鼓動の速度は一瞬で平常運転へと戻る。


メールの送り主は、大学の友達からだった。
内容は、至極平和で能天気なもの。

いつもなら微笑む事のできる話題なのに、
返信する気力も湧いてこない。
我ながら、薄情だと思いつつも”戻る”ボタンを押す。

スクロールしてみると、メールは二件来ていたようだ。
もう一通は…イッキさんから。

「明日、バイトの時間まで少し余裕あるから、例の経過報告聞かせてよ。」

例の、なんて秘密めいた書き方だけど、
実際これは私にとってのトップシークレットだった。
目下、イッキさんはそれを共有する唯一の存在。

トーマへの想いは、幼馴染のシンにもバレているけど、
乙女心の相談なんて迷惑がられそうだから、なんて理由は建前で。
ただ、気恥ずかしいからというのが、本音の半分以上だ。

ちょっと危ない橋ではあったけど、
近しい人物で一番有益なアドバイスをくれそうなのは、イッキさんだったのだ。

二時に駅前のカフェ、と手帳に書き込みながら、
私の気持ちは少しだけ、軽くなっていた。

 

 

…next

 

 


                                            update/20120518
<memo>
主人公のトーマを振り向かせる作戦、捏造&妄想してみました 。

               top         novels