逢いたい、
そんなたった四文字も紡げなくて、
指先が迷う。
”あ”らためて
”あ”いかわらず
予測変換が的外れすぎて可笑しい。
そうやって送信待ちのメッセージはどんどん溜まっていく。
宛名は…決まってる。
俺がいつだって逢いたいと思うのは、
彼女だけ。
ほんの数週間前まで、毎日のように来ていたメールが、ぱたりと止んだ事に、
レポート提出やゼミでの仕事に忙殺されていた俺は、すぐに気付けなかった。
いや、気付いてからもあまり深く考えようとしなかった。
彼女も新しい環境に慣れ始めて忙しいのだろう、などと適当な理由をつけて
頭の隅に追いやっていたのだ。
そして…、
ようやく余裕を取り戻した頃には、彼女に会えていない時間の大きさに、
今更焦り出している。
こうやって、ゆっくり思い返してみると、
いきなり連絡が途切れるなんて、彼女らしくない。
なんて思うのは、俺の勝手な自惚れだろうか。
親指が迷う。
さっきから、彼女へ送るメールの内容を考えていた。
幼い頃だったら言いたい事は素直に口に出来ていた。
手を繋ぐ事に理由なんていらなかった。
こんな風に想いを文字に変換する作業のせいで、
本当に伝えたい事も薄まってしまうように感じてしまう。
なんて。
そんなの、言い訳…、か。
大人になって、俺は強くなるどころかどんどん臆病になるばかり。
自分が付けた鎧の重さに時々押し潰されそうになる。
最初に強くなりたいと思ったのは、彼女を守るため、だったかな。
そんな、無垢な願いの代償。
表面を撫でるようにしか彼女に接する事が出来ないのは。
いつまでも彼女の隣に居たいから、だ。
それだって、言い訳、だろ。
親指は惑う。
いつまでも、俺は。
”あ”いたい、とか
”あ”いしてる、とか
本当に伝えたい文字は紡げないまま。
彼女は、変わってゆく。
いつまでも自分の後ろを付いてくる無邪気な所だって、いつかは。
振り返る度に、彼女は花のように色づき開いてゆく。
確実に、大人の女性に近づいていく。
頭では分かっているつもりだ。
ずっと、見てきたのだから。
大学に入ってから、何かと構う時間が増えたのは
嬉しい反面、結構複雑だった。
とはいえ、外面だろうと何だろうと、
急に彼女にとっての”頼れる兄貴分”を卒業しろなんて言われても、
簡単にはいかなくて。
「友達は出来たか?」とか、冗談めかしては「イイ男見つかったか?」なんて。
彼女にはわからないように、さりげなく探りを入れるように尋ねる。
うっとうしく思われない、ギリギリの距離から、
そんな風に、回り道をして自分を守る悪癖は今更抜けない。
彼女の笑顔を見つめながら、俺の心はチクリと痛むのだ。
それにしても、何だろう、
この違和感は。
最後に会った時の彼女の様子を思い返してみても、
特におかしな所は無かった筈だ。
受信ボックスに積み上げられたメールを順に開いていく。
一番上から、注意深く読み返して
はたと気付く。
返信のタイムラグ、
こちらを躱すような返答。
今までは?マークで終わるような文章が多かったのに、
完結型で終わる返事に、まるで「これ以上話したくない」というような意思を感じてしまうのは、
ただの杞憂なのだろうか。
こんな事まで細かく心配しているなんて知られたら、
さすがに気持ち悪がられるだろう。
—なんて思っていた矢先だった。
帰り道、駅前のカフェから出てくる彼女を見つけて、
何食わぬ顔で、いつものように声を掛けようとした俺の目前に飛び込んできた光景。
思わず、息を飲む…、
いや、飲み込めなくて咽せそうになる。
彼女の隣に居たのが、イッキだったから。
二人はカフェの出口ですぐ別れたけれど、
一緒のバイト先なのに、わざわざ外で会う理由が見つからない。
少し、考えて俺は自分の馬鹿さ加減に苦笑した。
—そんなの、決まってるじゃないか。
そして、ここ最近の彼女の言動に全て合致がいったのだった。
目の前の道が、急に途切れたような、気がした。
update/20120518
<memo>
さぁ苦しむんだトーマ…(心の声)。苦しんでいるトーマがだいすきです。(にっこり)