空模様は雨模様
雨模様は心模様
心模様は…恋模様。
低気圧が連れてきた雨は、ただでさえ上昇しない私の気分を更に押し潰すように
止むことなく上空に留まっている。
厚い雲は心のモヤモヤを表すようで、その先に青空が待っているなんて
到底思えない。
『ありがとうございました、またのご帰宅お待ちしております。』
そう言って客を送り出すと、ドアから入る冷たい風が私の前髪を湿らせる。
これで、店内がまた少し寂しくなってしまった。
シトシトと降り続ける雨は、客足をも遠のかせるようで
さっきから、ここ冥土の羊も暇を持て余していた。
この分だと、予定よりも早めに上がらせてもらえるのは予想がついているけど、
ちっとも嬉しくなんかないのが本音だ。
「はぁ…、雨だし暇すぎです。もぅやんなっちゃいますよねぇ~…」
隣のミネが小声で囁いてくる。
言わずとも顔に出ているが、自分も同じだろう。
『…だね、』
半分、上の空で返事をしながら、帰る素振りをみせた客を見つけて
伝票を受け取りに行く。
仲良く相合い傘で、店を後にするカップルの姿を見送りながら、
今頃、トーマは誰といるんだろう、
なんて思ってしまって、心がざわついた。
結局、その日は通常より一時間、早く上がる事になった。
後半のシフトとの交代まで、残りの一時間は、
店長が一人でフロアを受け持つ事になったから、ミネも一緒だ。
ロッカーに入っている携帯電話を、
ほんの少しの期待を込めて開いてみた。
トーマからのメールは…無い。
やっぱり、少し胸が痛む。
離れてみても、寂しいと思うのは自分だけなのだろうか。
そんな事ばかりが、頭の中を駆け巡り、冷たく雨を降らす。
「あーぁ、せっかく早く上がれてもこんな天気じゃ、得した気分になりませんねぇ~」
制服のエプロンを脱ぎながら、可愛く頬を膨らませているミネに、
私は力ない返事を返すだけ。
その様子に違和感を感じたのか、いきなり顔を覗き込まれ一言。
「あれ?なんだか今日元気なくないですか?」
アイラインにつけまつげバッチリの悪気無い瞳に、じぃっと見つめられ、
私は不自然に目を逸らした。
『そうかな?そんな事ないよ?』
付きまとう視線を、あからさまに避けても、
ミネの追及からは逃れられそうにない。
こうゆう所は、同性故の鋭さなのだろうか。
「もしかしてー、恋の悩み、ですか?…っていっても、恋してる乙女の顔には見えませんけど?」
ミネの顔には、「面白そうだから聞きたいです」と書かれている。
隠そうにも、言われてギクリとした私の反応でもうバレたに違いない。
観念した私は、俯きながら零すように呟いた。
『好きな人にね、振り向いてもらいたくて、少しだけ自分から離れてみたの。
でも辛くて…、ちょっと後悔し始めてる…』
言葉にしながら、何かがほどけてゆく。
私に足りないのは、ほんの少しの自信と勇気で。
誰かに背中を押してもらいたかったのかも知れない。
ミネは少し考えるように瞼を伏せた。
そしてパイプ椅子にトスン、と腰を下ろすと足をプラつかせながら、ふぅっと息を吐く。
揺れる長いウェーブのかかった髪も、今日は湿気に負けているようだ。
「…わかりますよ?苦しくてどうしようもない気持ち……けど、それでいいんですか?
引いてるウチに誰かに取られちゃうかもですよ?」
珍しく真剣さが含まれたその声に、ドキリとする。
『え?』
顔を上げた私に目を合わせ、小さく「愚問ですね」と呟くと、
ミネはきっぱりと言い放った。
「私なら、押して押して、ダメなら押し倒しますっ!!えいっ!」
両手を上げながら、勢い良く立ち上がるミネを見て、一瞬呆気にとられる。
一呼吸おいて笑い出したのは、どちらかではなく両方だった。
『ミネちゃん、らしいかも。』
ひとしきり笑った後、そう付け足したら、
「なんかムカつくんですけどー」なんて言いながら抱きつかれて。
これでミネの積極性が少しは移らないかな、
なんてバカみたいな事を思い浮かべてしまう。
恋は形を変えて、
私を弱くさせたり
強くしたりしてくれる。
だから。
些細な事で一喜一憂したり、
馬鹿みたいな空想に溺れたり、
つまらない事で目が曇ったりしてしまうんだ。
今、一番大事にしなきゃいけない気持ち、
見失ってたかもしれない。
心のもやを吹き飛ばすようなミネの言葉に、ふと気付くと雨音は消えていて、
持ってきた傘の存在を忘れるくらいに私の気持ちは晴れていた。
update/20120518
<memo>
タイトルがパッと思いつかず。ミネちゃん主人公の別ストーリーとか見たいです。
小悪魔わっしょい!!